シリーズ栄養と疾病「高血圧症」
シリーズ栄養と疾病~高血圧症~
がんや糖尿病、虚血性心疾患や脳血管疾患などの生活習慣病の他、人生を全うするまでに罹る可能性のある疾病は数多くあります。私たちが健康維持を考える時、さまざまな疾病の予防策を意識することも大切です。このシリーズでは年齢層に関わらず、日本人が罹りやすい疾病を中心に取り上げ、基礎的な疾病の知識と予防となる栄養との関わりを再確認していきます。
●高血圧治療ガイドラインが5年ぶりに改訂
2019年4月、日本高血圧学会による「高血圧治療ガイドライン2019」が公開されました。高血圧診断の基準値は140/90mmHgで、これまでと同値ですが、“降圧目標”についてはこれまでより10 mmHg引き下げられ、75歳未満の成人・脳血管障害患者・冠動脈疾患患者では130/80mmHg未満、75歳以上の高齢者では140/90mmHg未満とされました。これは診察室血圧の値で、家庭血圧としてはさらに5mmHg引き下げられた数値となっています。病院や薬局、公共施設などで計測した時の数値と、家庭で計測する血圧で大きく数値が異なる場合があるため、病院や健診で基準値を超えた場合、自宅で家庭血圧を測定し、その平均値が基準値を超えてしまうと高血圧と診断されることもあります。
今回、基準値の変更はなかったものの、“降圧目標”の引き下げによりメディアなどでも話題となりました。去年までは大丈夫だったのに、今年からは再検査…の烙印を押されてしまう方も多くなるかもしれません。健康診断などでいつもギリギリの数値の方や不摂生な生活を送っている方は特に、高血圧のデメリットや予防法など、今一度確認しておきましょう。
降圧目標の引き下げの背景は?
日本高血圧学会は、治療により血圧をコントロールできている人が27%にすぎない現状に危機感を抱いており、降圧目標の引き下げはエビデンスに基づいた変更であることを強調しています。その背景は?
現在、高血圧有病者は約4,300万人と推計されています。このうち治療によって良好なコントロールが得られているのは30%以下。残りの70%は治療中・未治療含め血圧140/90mmg以上のコントロール不良の状態となっている現実があります。2014年以来5年ぶりの改訂となる今回の「高血圧治療ガイドライン2019」では、一般成人の降圧目標値が引き下げられることで、より早期からの非薬物治療(薬ではなく食生活改善による治療)を主体とした介入を推奨する内容となっているわけです。
●上の血圧と下の血圧、それぞれの状態とは?
病院や薬局から自宅まで、今では自分の血圧が気軽に計測できます。その血圧は、心臓から全身に押し出された血液が血管壁にかかる圧力を数値化したものです。心臓から拍出される血液量(心拍出量)と末梢血管での血液の流れにくさ(末梢血管抵抗)によって決まります。
心臓は、絶えず縮んだり膨らんだりすることで全身に血液を送っていて、心臓が縮んだ時には強い圧力で大動脈(血管)に血液が流れ込み、大動脈が膨らんだ状態になります。この時の数値が“上の血圧=収縮期血圧”と呼ばれている最大血圧です。逆に血液が心臓に溜まって膨らんでいる時、血液は大動脈に流れないため膨らみが元に戻ってゆるやかな血液の流れになります。この心臓が大きくなって血圧が低めになった時が、最小血圧“下の血圧=拡張期血圧”です。
このように、私たちの体の中では心臓の収縮と拡張に合わせて血管も膨らみ、また元に戻る、といった状態が繰り返し行われています。加齢などによって大動脈が硬くなったりすれば、収縮期にこれまでどおりに大動脈が膨らまず、血液の圧力が強くかかって上の血圧が高くなります。基準値を超えれば収縮期高血圧と診断されます。
また、最小血圧“下の血圧=拡張期血圧”だけが基準値よりも高くなると拡張期高血圧と診断され、この場合、大動脈の弾力性は悪くなっていなくても、末梢血管抵抗が増加していている可能性があります。どちらかの血圧が高くても、両方高くても基準値を超えれば高血圧と診断され、投薬などの治療が始まります。
●高血圧になると何がいけないのか?
高血圧は、腎臓の病気や血圧を上げるホルモンが過剰になった場合、または心臓や血管の病気など原因が明らかな「二次性高血圧」と、原因がはっきりとはわからない「本態性高血圧」に分類できます。日本人の高血圧患者全体からすると、その約90%が「本態性高血圧」です。原因は特定できませんが、加齢をはじめ遺伝や家庭環境、食塩の過剰摂取、肥満といったさまざまな要因が考えられます。
高血圧は、特に自覚症状がないため自分では高血圧の可能性があっても、積極的な生活改善や治療をしない人が多いことが懸念されています。高血圧の状態が続くと、血管や心臓に負担がかかり、動脈硬化や心臓肥大が進み、
脳卒中・心筋梗塞・心不全・不整脈・動脈瘤・腎不全など、循環器系の様々な病気に罹りやすくなります。高血圧によって、長い時間をかけて徐々に血管や心臓が傷つけられていくのです。
また、最近では認知症との関連性も取り沙汰され、循環器系疾患の後遺症と合わせて要介護の状態となる可能性も高くなってしまいます。
●高血圧の改善方法
高血圧は、大病につながる危険な状態です。基準値を超え高血圧と診断されれば、病院で投薬や下記のような生活習慣の見直しが指導されます。
①減塩
日本人の高血圧の原因として最も有名。日本では現在1日の塩分摂取量を6g以下とされているが、WHO(世界保健機関)の基準は5g。だしや減塩商品の活用、濃い味を控えるなどの工夫をする。
ワンポイント:血圧をコントロールするミネラルはご存知の通りナトリウムです。塩が血圧に良くないというより、ナトリウムが血圧に良くないと言った方がよいでしょう。ですから、塩化ナトリウムが主体の化学塩を使用している人は、まず自然塩に変えることをおすすめします。自然塩はナトリウム以外にも様々なミネラルがバランスよく含まれているので、化学塩よりも、血圧への影響が少ないと言われます。減塩は必要ですが、その前にいい塩を使う「適塩」を実践してみませんか?
②減量
肥満の人は普通の人に比べ、高血圧が2~3倍多いと言われている。血管や心臓への負担が大きくなるため、適正体重に近づけることが大切。
③節酒
飲酒量が多いと血圧が高くなりやすい。1日の飲酒量は男性20~30ml、女性10~20ml(純アルコール換算)に抑える。目安は25mlでビール大瓶1本、日本酒1合、ウイスキーダブル1杯。
④運動
脈拍数が1分間に110~120程度。または、138-(年齢÷2)で計算。1回60分を週3回または1回30分を週5~6回を目安に4週間以上運動すると降圧の効果が期待できる。
⑤禁煙
ニコチンによる一時的な血圧上昇がある。本数が多いと血圧が上がる時間も多くなる。喫煙自体が心臓血管系の疾病のリスク因子となるため、禁煙は必須。
●血圧を下げる栄養素
減塩、減量、節酒に禁煙…血圧を下げるためには、何かと我慢しなければならないことが多くなります。それでも、毎日の食事は健康維持に欠かせません。ダイエットのために量を減らすだけではなく、血圧を下げる効果が期待できる食材を取り入れるのも一つの手です。
栄養素という面では、カリウム・カルシウム・マグネシウム・ビタミンKなどが高血圧の予防・改善に効果があることが知られています。なかでもカリウムには、体内の余分なナトリウムを排泄する作用があるため、高血圧に対して降圧作用が期待できます(腎機能が低下している場合には摂取制限が必要なため医師と要相談)。カリウムを多く含む食品の代表格は新鮮な野菜や果物で、ほうれん草・さといも・さつまいも・かぼちゃ・バナナ・いちご・メロンなどが挙げられます。ただし、果物は糖分が多く含まれているため食べ過ぎには注意が必要です。海藻ではわかめや昆布、大豆製品では納豆に多く含まれています。納豆は調理の必要もなく、ビタミンKが多く含まれているため、毎日の食事に取り入れやすい食材です。
また、オメガ3系脂肪酸といわれるα-リノレン酸、青魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)といった多価不飽和脂肪酸を含む油は、血圧を下げ、血管を健康に保つといった健康効果が期待されています。植物由来のα-リノレン酸はエゴマ油や亜麻仁油、DHAやEPAではサバ缶やイワシ缶がブームともなっています。
現時点で基準値は超えていなくても血圧が高めで心配な場合、できる範囲の対策をとって、ご自身で血圧をセルフコントロールしてみてはいかがでしょうか。
(すでに高血圧と診断されている方や他の疾患がある方は医師と相談の上、行ってください)
《参考》
日本高血圧学会
http://www.jpnsh.jp/general_ind.html
国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス
http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/bp/pamph04.html
文部科学省 食品成分データベース
https://fooddb.mext.go.jp/index.pl